ホーリーランド

過去捏造の強イルカ話です
第二話  出立
 
 
 
 
話は終り、退出するカカシ達に続いて部屋を出ようとしたイルカは、火影に呼びとめられ一人足を止めて振り返った。
 
「何でしょう火影様」
 
「いや、なんじゃな…、――不服は無いのかと思うてな……」
 
その言葉に一瞬驚いたようにきょとんとした後、クスクス笑い出したイルカに、火影は憮然とした表情になる。
 
今回の任務は、明らかに一介の中忍の手にはあまる。そしてそれ以上にイルカにとっては忌避するに足る大きな理由があった。
 
しかしそれでも敢えてイルカに――というのだから、火影の言葉は今更だろう。
 
「――すいません。でも拒否権はないのでしょう? だったら俺は命じられたようにするだけです」
 
小さな笑みを顔に残したまま、何でも無い事のようにイルカは言う。
 
この任務のメインである東凌武闘大会の開かれる場所が、イルカの避け続ける特別な地にとても近いという事を火影は知っていた。そして火影がその事を知っているということを、イルカもまた知っている。
 
「良いのか……?」
 
「まあ、面倒ではありますけど……」
 
無理を強いている自覚があるだけに、どこか弱気な火影だったが、対するイルカの笑顔の方は相変わらずで、特に困っているようにも、嫌がっているようにも見えない。
 
しかしイルカは決して周囲の思っているような、ただの人の良い中忍などではない。今回の件に関しても、実際のところその本心は本人も言う通りの「面倒」という言葉に尽きるのだという事も、里で唯一イルカの本性を知っていると自負する火影にはよくわかっていた。
 
「もう四年にもなるのじゃな。……懐かしいか? かの地が」
 
「さあどうでしょう…? ――じゃあ俺、準備もありますのでもう行きますね」
 
過去を話すことをイルカはあまり好まない。あからさまにはぐらかしそう言うのを無理に引き止めたりはせず、火影はイルカの背中を見送った。
 
そのそっけない背中を見る限りでは、火影のした事はイルカにとってはよけいな世話以外のなにものでもないのだろう。
 
「すまぬなイルカ……じゃがワシはお主がこのまま駄目になっていくのを見たくないんじゃ……」
 
例えイルカ本人がそれを望んでいたとしても、いや望んでいるからこそこのままにはしておけない。
 
任務からも遠ざかり、まるで隠居した身であるかの様に荒事から手を引いてしまったイルカ。その本当の実力を知るだけに、むざむざとそれを埋もれさせてしまうのが惜しいと思う。そしてそれ以上に、そうとは見えぬまま無気力にただ生きるだけの屍になりつつあるイルカが哀し過ぎた。
 
転機は必ず来る。恐らくはただ切っ掛けが必要なのだと火影は思う。そして一見無謀に見えるこの任務こそがその切っ掛けとなってくれることを、火影は強く心に念じ、彼ら五人の辿る事になる旅路へと無言で思いをはせるのだった。
 
 
 
 
 
 
五人目だと出発間際に紹介されたイルカを見て、求馬は失意と疑いの気持を隠そうともしなかった。
 
「俺のことは道案内とでも思っていただけると助かります」
 
最初から戦力外宣言とも取れる台詞を吐くイルカに、益々胡乱な視線を向ける。
 
「大会経験があるというのはお前ではないのか?」
期待していただけに失望は大きいとでも言いたげな顔だった。
 
忍にしては優しげな面持ちのイルカといい、片目を眼帯で隠した優男風のカカシといい、忍び装束を脱ぎ簡易な旅装束へと着替えた忍達は、求馬の目にはアスマ一人を除いてとても強そうには見えなかったのだろう。
 
「火影は精鋭を用意すると言ったのに……」
 
こんな面子で勝ち残っていけるのかと心配する求馬に対し、態々実力を証明して見せる程カカシは親切な男ではなかった。面倒くさい事は避けたいアスマは無言を通し、イルカに至っては侮られているとすら気付いていない様子である。
 
求馬の頼りにする部下の帆足――しかし彼も元々あまり喋る方ではないらしく、旅の不安を紛らわす役にはたってはいないようだった。
 
既に打ち合わせは済んでいる。
 
見送る者も無く互いに特に会話らしい会話も無いまま、静かに五人は里を出発した。
 
 
 
長い陸路の旅である。街道まで出てしまえば要所には宿があるし、馬車も借りる事にはなっていたが、取り敢えず一日目の最初の食事は、木になった葉を屋根とした小さな日陰の中で……という事になった。
 
「はい、出来ましたよ」
 
いろいろと最初から不満だらけの様子ではあったが、イルカの用意した野外での食事は意外な程に美味しく、育ちの良い求馬をも十分に満足させるものだったようだ。
 
実際求馬だけでなくカカシ達も、イルカの用意する食事には良い意味で唸らされた。
 
「変わった携帯食料ですね〜、初めて食べますよこういうの。イルカ先生のオリジナルですか?」
 
本気で感心するカカシに、イルカは擽ったそうな笑みを見せる。
 
「この紙みたいなのは何だイルカ?」
 
呼び捨てにそう聞いてくる求馬に対しても、イルカは丁寧に説明した。
 
「これは米を砕いてとろとろの液体にしたものに、塩を混ぜて乾燥させたものなんです。こっちのを挟んで食べてくださいね」
 
それはさしずめ紙のごはんといった感じか。挟むようにと用意されたのは、下味をつけた牛の薄切りを天日に干したものと、何時の間に採取したのか道端で見掛けた食べれる草を近くの川の水で洗ったものだ。
 
「肉は乾かして適度に水分を抜くと、ぐっと旨味が増すんですよ」
 
「……ん、なかなかいける」
 
イルカがするのを真似て真剣な顔で食べ始める求馬に、アスマやカカシは感心してイルカを見た。
 
流石は教師と云うべきか、気難しい若様もイルカにかかるとただの生意気な子供のように見えるから不思議である。
 
 
 
 
美味しい野外食が効いたのか、一日目の宿に着くまでに、求馬もすっかりイルカにだけは気を許しているように見えた。言葉遣いはぞんざいだし、見下した態度は変わらないが、それでもイルカを写す瞳には屈託がない。
 
「今回の任務にちょっとイルカ先生はどうかな〜と思ってたけど、確かに子供のお守りにはこれほどの適任はいないかもね」 
 
「おい、カカシ……思ってもそれはイルカには言うなよ」
 
「はいはい――しかしたかが中忍になんだってそんなに気を使うんだか」
 
呆れた様に言うカカシに、アスマは肩を竦めた。そういうお前こそ何を拘っているのかと、らしくない態度を指摘しても良かったのだが、敢えてそれはしないでおく。
 
とった部屋は二部屋――求馬達主従に一部屋と、カカシ達三人に一部屋である。イルカはカカシ達に気を使っているのか、荷物を置くとすぐにどこかへ消えた。
 
「何処に行ったのやら。もしかして女でも買ってたり……」
 
「お前な……」
 
「どんな顔して女を抱くのかね〜イルカ先生って」
 
「――そういう馬鹿な想像してる暇があったら、風呂でも入ってこい。今なら空いてるぞ」
 
「あー……そうだな、行ってくるかな〜」
 
宿には部屋に備え付けられた風呂以外にも大浴場がある。どうせ入るなら広い方がいいだろうというアスマに頷くと、カカシは立ち上がった。
 
 
 
 
「やっぱり混浴じゃないか……」
 
さして残念そうでもなくそう口にしながら、カカシは着ていたものを脱ぎ捨てた。
 
普段優男と形容されがちなカカシであるが、裸体になってみると印象はとたんに一転する。決して筋肉隆々といった体格ではなかったが、ある種の理想的な男の肉体がそこにはあった。
 
実用的な筋肉のついた体はしなやかな獣のようで、中性的な美しさを損なう事の無いまま、女性を惹き付けてやまぬ男の色気を醸し出している。
 
「おや先客?」
 
隠す事無く堂々と裸体を晒し浴場へと足を踏み入れたカカシは、湯煙の中に知った気配を感じてニヤリと口元を歪めた。
 
気配はイルカのものだった。あの中忍の性格からいって、カカシ達に気を使って席をはずしたのかと思っていたが、どうやら先に風呂に入っていたらしい。
 
「風呂も食事も俺達が済んでから――とか言いそうなのにねぇ……」
 
気が利くと思うよりも、そういうのは卑屈で嫌いなカカシだったが、そういったタイプの男では無いらしいのがわかっても、イルカに対する引っかかりは何故か残ったままだ。
 
(あんまり裸の付き合いはしたくないタイプだけどね〜……)
 
そんな事を考えながら、それとは反対にカカシの足はイルカのいる所へと向かっている。
 
「イルカせーんせい」
 
「カカシ先生……」
 
気配を殺して近づいたが流石に気が付いていたらしく、カカシの顔を認めても驚く事無くイルカはニコリといつもの笑みを浮べた。
 
ちょっとからかってやろうと近づいたカカシだったが、その笑みに思わず視線を縫い止められる。
 
イルカは普段は頭の高い位置で結んでいる髪をほどいて、今は手ぬぐいで頭の上にまとめていた。もうどれくらい湯につかっているのか、うなじから頬の辺りまでがほんのりと上気して、同じ笑みでもいつもと何処か雰囲気が違う。
 
「カカシ先生?」
 
「あ――はい……っ」
 
呼ばれてまるで生徒のように返事をしてしまってからハッとする。カカシは頭に血が上っていくのがわかるくらい、動揺している自分を感じていた。
 
「俺もうあがりますけど――大丈夫ですか?」
 
何がと聞くまでもない。イルカはカカシの動揺を湯に上せたか何かだろうと勘違いしたのだ。それに気が付いてカカシは少し冷静になった。
 
「どうぞ……俺はもうちょっと温まっていくんで」
 
「じゃあお先に……」
 
そう言ってザバッ――と立ち上がったイルカの後姿を見て、カカシは再び視線を外せなくなった。
 
イルカの体はカカシが考えていたのとは全く違っていた。
 
骨太で硬そうな体――あるいは少々余分な肉の付いた体を想像していたのに、その後姿は嘘のようにすらりと細かった。
 
中央の傷は、ナルトを庇ってできたというヤツだろう。手ぬぐいがほどけて肩にかかった黒髪が、白い肌をより際立たせ、その痛々しい傷痕とあわせて、信じられない程に色めいた風情を醸しだしている。
 
普段は禁欲的ですらあるイルカを知るだけに、その背中はどこか倒錯的なものすら感じさせた。
 
ムチのようにしなやかで柔軟な筋肉に覆われた体は、なよっとした雰囲気など欠片も無い。きゅっと引き締まった尻のすぼみが目にも小気味良く、触れて確かめたいような奇妙な衝動をカカシにもたらした。
 
「……何やってんの俺――」
 
イルカの姿が見えなくなるまで呆然と立ち尽していた自分に気が付いて、呆れるというよりは怒りすら感じてカカシは顔を歪める。
 
堅く目を瞑ってザバッと湯に沈みこんでも、しかしいつまでもイルカの背中は、目の裏に焼き付いたように脳裏から消えてはくれなかった。
 
 
 
 
更新日時:
2005/07/29

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Last updated: 2005/8/23