ホーリーランド

過去捏造の強イルカ話です
第四話  阿南
 
 
 
 
里を出て二十二日目の日中、五人はようやく目的地へと到着した。
 
東凌武闘大会の開催地として有名な阿南の端に位置するこの町は、どこか塩の匂いを含んだ空気が漂う港町であるが、東との国交が長く断絶している所為もあって、交易の方は今はあまり盛んではない。
 
この地の者達は普段は魚を取って生活しているのだが、この時期だけは様々な屋台の店主に早がわりして、ドットの乳を醗酵させたデザートやクブンの実の一番搾り等を売っている。大会さまさまで、中には大会を観戦しにくる客を相手にして、この一月程で約一年分の収入を得る者も居た。
 
 
「次の試合がはじまるよー」
 
大声で叫びながら子供達が駆けて行く。
 
「どうやらもう予選は始まっているみたいですね」
 
早く登録しましょうと促すイルカに続いて、一行は人の流れに乗って大会の会場へと向かった。
 
予想はしていたが、東凌武闘大会本戦を控えて町は既に大会一色の様相となっている。人波は全て会場である闘技場へと向かっているらしく、中には同じく大会出場者だと思われる、見るからに筋骨隆々とした男達も混ざっていた。
 
会場に近づくと、突然怒号にも似た歓声が耳を貫いた。イルカの言った通り既に試合は始まっているらしく、中央の一際大きな闘技場以外の三つの闘技場のそれぞれに、大勢の人が群がっている。
 
イルカは一人でさっさと受付を済ませると、手に持った札に視線を落としながら戻って来た。
 
「一一―八七……え〜と、今第三でやっている試合が三ブロックの試合だそうですから――うん、俺達の試合は予選最終日の三日後ですね……」
 
「はぁ? 何だァ、俺達はここで三日も遊んでなきゃなんねぇのか?」
 
素っ頓狂な声を上げたのはアスマである。予選があるとは聞いていても、まさかそれが何日も続くほどに大掛かりなものだとは思ってもみなかったのだろう。
 
イルカはアスマの驚きなど聞こえなかったように、実に呑気な口調で続けた。
 
「急いだつもりだったんですけどギリギリでしたね。予選登録は九六チームで締め切られるんですよ。つまり大会に参加出来るチームは最高で一〇〇チームって事なんです。そして、本選に出れるのはその内のたった一六チームだけ――」
 
「ではあと一〇チーム先に来ていたとしたら、俺達は出場も出来なかったのか……!!?」
 
すっかり開催日に間に合えばよいものと認識していた一行は、はるばるやって来たというのに、一歩間違えたら出場すら危うかったらしいという事実に冷や汗モノである。いや、イルカだけが目をぱちぱちさせて、そんな求馬達の反応に不思議そうに首を傾けていた。
 
「言いませんでしたっけ? ――まぁ別に間に合ったんだからいいですよね。それよりもどうします? ちょっと試合でも見学して行きますか」
 
「取り敢えず今日、本選出場の三チームが決まるってわけですよね〜。ちょっと大会のレベルでも確認しときますか」
 
別にどっちでもいいですけどどうします?――とカカシは求馬に問う。
 
いいかげんな口調に眉を眇めつつも、その提案には求馬も賛同して、一行は人ごみをかき分けるようにして試合の見える場所まで移動した。
 
「――なに?」
 
途中じろじろと自分とイルカを見比べるアスマに気付いたカカシは、歩きながら怪訝な顔を向けた。
 
「いや――……今一瞬お前らが何だか…似てるような気がしてな……」
 
突然のその言葉に二人は目を見合わせる。
 
上忍と中忍――階級だけでなく、元暗部と教師という、その生き方自体が違う二人。性格などは正反対にすら見えるし、口調一つとっても違う。誰に聞いても共通点など全く見当たらないと言うだろう。
 
雰囲気にも容姿にもおよそ共通点が無いのは一目瞭然。何の根拠も無い言葉に思えたし、アスマ自身、どこがとははっきり言えないらしく歯切れも悪い。
 
ただ並んで歩く姿にふとそう思ったのだと言う。
 
もしもアスマにイルカが中忍だという根強い思い込みが無ければ、はっきりとその感覚を言葉にできたかもしれない。
 
普段はその爪を隠して、気が抜けたようなぼんやりとした印象を見る者に与えるカカシと、ニコニコと常に笑みを浮べた凡庸そのもののイルカ。
 
この人ごみの中でも特に隙だらけのように見えるこの二人は、恐らくは本人達も自覚せぬままに、周囲へと微力な警戒の気を張り巡らしていた。
 
常に警戒する事に馴れ、それを隠す事も身に染み付いてしまった者特有の、目に見えぬ程希薄な緊張感。アスマが似ていると感じたのは、そんな雰囲気とも言えぬ微妙なものを、その長い戦場での経験から、やはり自覚せぬままに感じ取った故での事だったのだろう。
 
「おっさん目が悪いんじゃない!? 乱視入ってるかも……」
 
「眼鏡かけたほうがいいですよアスマ先生。年取ると目はどんどんわるくなりますから」
 
露骨に嫌そうな声と、本気でアスマを心配する声が、同時にアスマに向けられる。
 
「……おい」
 
俺はお前らとそう年変わんねぇっての――そう冷静に独りごち、アスマは新たな煙草を取り出すと、唇に捻じ込み馴れた仕草で火を着けようとした。
 
しかし潮風にしけったのか煙草には中々火が着かず、結局アスマの不満は幾つもの溜息でもって吐き出される事となるのだった。
 
 
 
 
予選はトーナメントで、八チームが一ブロックとなり、勝ち残った一チームのみが本戦へとコマを進める事になる。
 
つまり本戦出場までに三試合をこなさなくてはならないという訳だ。
 
「それじゃ圧倒的にシードされてる前大会の上位チームとやらが優位じゃないのか……?」
 
不公平だと求馬が難しい顔でこぼした。不満を口にしながらも、その視線は闘技場の肉弾戦からひと時も離れない。
 
どちらのチームの選手も既に満身創痍だった。これでは確かに勝ち残ったとしても、次の試合が出来るかどうかさえ危いだろう。
 
「別に前の大会じゃ予選上がりが不利みたいな印象はありませんでしたけど。本選まで勝ち残るチームの強さっていうのは大抵は圧倒的ですから……」
 
ちなみにああいうチームはどちらも間違い無く予選落ちです――と、試合中の二チームを指してイルカは言う。
 
あの位のレベルならば何とか……と思って見ていた求馬は、自分の実力がどの程度この大会で通用するのかが少し不安になってきた。
 
「イルカ先生はこのブロックじゃどのチームが勝ち残ると思います?」
 
突然試すようにカカシが聞いた。それに対するイルカの答えは、カカシが目を付けたチームと同じで、カカシは意外そうにイルカを見る。
 
「ま、八択だしね……」
 
言ってから自分でも負け惜しみに聞こえたのか、カカシは不機嫌そうにイルカから目を反らした。
 
 
五人が見物していた第三ブロックの試合は、カカシとイルカの予想通りの結果で終った。
 
イルカの言った通り勝ち残ったチームの強さは圧倒的で、三回の試合を全て、先鋒、次鋒、中堅の三人のみで決めてしまっている。副将と大将を温存したまま勝ち残っただけでなく、誰一人怪我らしい怪我もしていない。対して負けた筋肉隆々チームの方は、三人とも打ち身だらけになって残りの仲間に支えられるようにして退場していった。
 
「やっぱり体格が良ければいいってものじゃないんだな……」
 
無駄に筋肉をつける必要などないというのは、未完成な自分の体にコンプレックスを持つ求馬に、帆足がよく言う言葉だった。帆足自身も、縦に長い為か横幅はそれ程無いように見える。見事な体格には違いないのだが、服の上からは一見細くすら見えるし、それ位に見えるのが帆足にとってはベストの体格であるらしい。
 
実際先程目の前で行なわれた試合は、まさに無駄についた筋肉の弱点を数え上げたような結果だった。
 
まず動きが重い。大ぶりな攻撃は当ればそれなりに威力もあったのだろうがことごとく空振ったし、体が堅い所為か動きの一つ一つが次に続かない。
 
それに比べて勝ったチームは、女性が一人混ざっている上に体格こそ様々だったが、闘った三人それぞれが、特徴のある見事な動きを見せていた。
 
特に先鋒を闘った男が強かった。大柄で長い髪を無造作に一つに束ねたその男は、試合の間常に口元に笑みを湛えて、戦う事自体を楽しんでいるようにすら見えた。
 
正直な所カカシですら、本気になったこの男を相手にして必ず勝てるという確信は持てない。
 
「これが東凌武闘大会のレベルってわけね……」
 
少しばかり甘く見ていた――と、カカシは熱気で乾いてしまった唇を舐める。しかしその仕草の後に残った表情は、カカシ達を唸らせた先鋒の男の、不敵な笑みによく似ていた。
 
 
 
 
この日最後の試合も終わり、そろそろ大会中に泊る宿を探さなければと、その場をひきあげようとした五人の横で、一人の眼鏡を掛けた中年の男が、分厚いノートに何かを書きこみながらしきりにブツブツと口を動かしていた。
 
「今の所目新しいチームは無し……っと。やっぱり注目すべきは前大会で活躍したチームのようだ……」
 
何やら事情通に思われるその呟きに、最初に興味を持ったのはカカシである。
 
「ねぇ――なにやってんの?」
 
「ぎゃっ」
 
いきなり近くで話しかけられて、眼鏡の男はノートを抱きしめる様にして飛び上がった。
 
「そのノート、何?」
 
「え?あ……何」
 
暫らくオタオタとしていた男だったが、ようやく落ちつくと奇妙な五人連れに興味を持ったのか、くるりと眼鏡の奥の瞳を見開いて、カカシ達を見比べる。
 
「君達そんな格好しているって事は、大会出場者かね? どうやらこの辺の人じゃ無いみたいだが……」
 
「まあそんなとこ。ねぇそれよりさっきから何やってたわけ?」
 
こちらの質問に早く答えろと、カカシは軽い問い掛けに少々威圧を込めた。
 
しかしこの男、鈍いのかカカシのかける圧力には気付く様子も無く、しかも自分からペラペラと聞いてもいない事まで喋り始める。
 
まず男は自分が武闘評論家であると名乗った。
 
阿南は武闘の盛んな地である。この闘技場でも四年に一度のこの東凌武闘大会だけでなく、大小合わせてかなりの数の大会が開かれていた。自然武闘評論家などという北の方では聞きなれない職業も成り立ち、この地では花形の職業の一つとなっているらしい。
 
「まあ私はいわゆるモグリというやつでね、こんな大きな大会にはなかなかお呼びが掛からない。しかし有名な評論家にも決してひけは取らぬ眼力を持つと自負している」
 
少年の様に目を輝かせて男は語った。
 
男というものは誰であっても、一度は強さに憧れる。しかし砂の中の輝く一粒になるには様々な要因が必要になるものだ。
 
それを天賦の才などと表現するものもいるし、力を得る為に努力を続けるその根気こそを能力だと考える者もいる。
 
どんな努力も追いつかぬものがあるとカカシなどは思うが、それを早くに察し、自分には輝ける力が無いと知った者の一部は、天の才のある人間に関わる事で、自分も共に輝きたいと願う。
 
輝ける才能を誰より早く見つけ出し、正統な評価でもって世に知らしめる手伝いをしたい――男もまたそんな思いで、武闘評論家とし生きてきたという。
 
「もう何度も東凌武闘大会をこの目で見てきたが、前回の大会は中でも特別なものだった。そう……まさに代がわりの年だ。シードの四チーム以外は全て新たな顔ぶれで、ベスト四に入ったチームの実力は中でも圧倒的だった。しかし今回の大会は今の所新らしいチームは上がってきていない様でね、この第三ブロックの優勝チームも多少メンバーは変わっていたようだが、前大会で準優勝チームに予選で負けたチームだ。他も勝ち残ってきているのは何処かで見たような所ばかり……。どうやら前回の大会のように波乱万丈とはいかないようだ」
 
ちょっと残念だと力無く笑う男に求馬は噛み付いた。
 
「まだわからないだろう? そのベスト四とやらがどんなすごいチームかは知らないが、俺達だって勝つつもりでここまで来たんだからな!」
 
「う〜〜ん、君達は他所から来てるからわからないんだろうがね。確かに予選にはどんなチームでも登録できる。しかし勝ち残るチームとそうでないチームとには天と地の差があるのだよ。それをふるいわける為の予選だと言ってもいい。地元では圧倒的な強さを誇っていても、ここにくれば予選一回戦負けなんてザラにある事だ。――いや、まぁ君達がそうだとは言わないよ? でも覚悟して臨んだ方がいいと思うね……」
 
どうやらこの自称武闘評論家の目には、求馬達のチームなど田舎から出てきたばかりの世間知らずの若造、まさに井の中の蛙と写っているらしい。そうは言っていないと口にしながらも、その口調は既に諭すようなものになっていた。
 
求馬は思いきり憤慨していたが、カカシ達は感心した様子で聞いて見せながら、肝心の情報だけ頭に残して相手にはしなかった。
 
「ふ〜ん、なるほどね。いろいろ参考になったよ」
 
「それは良かった。まあ怪我をしないように頑張ってくれたまえ!」
 
そう言って男は立ち去ろうとし、そこでふとイルカに目を止めた。
 
「君――」
 
「はい? 何か……」
 
眼鏡のズレをなおして改めてイルカの顔を凝視する。
 
「いや……どこかで会った事が……?」
 
「……無いと思いますけど」
 
どうも記憶が曖昧なのか、首を傾げながらそう言う男に、イルカはにっこりといつもの笑みで返す。
 
「そうかね……いや、そうだろうね。じゃあ私はもう行くよ。言い忘れたが私の名は叶の私市(さきいち)だ――武闘評論家の私市――良かったら覚えておいてくれたまえ!」
 
そう言って今度こそ本当に、男――私市は立ち去って行った。
 
 
 
 
 
 
 
更新日時:
2005/07/29

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Last updated: 2005/8/23