ホーリーランド

過去捏造の強イルカ話です
第五話  きっかけ
 
 
 
 
大会が終るまでの二週間程の間、一行が滞在する事になったのは、会場からは多少離れていたが、それなりにレベルの高い宿だった。
 
勿論見つけたのはイルカである。地元の人間が穴場と呼ぶような食堂や宿を、一体どうやってかイルカは簡単に見つけ出してくる。この宿も料理といい接客といい値段といい、武闘大会のこの賑わいの中で、部屋が取れたのが不思議なほどの掘り出し物だった。
  
これまでのように二つ部屋をとってそれぞれの部屋で一息ついた後、五人は細かい作戦を立てるべく早速求馬達の部屋の方へと集まった。
 
「取り敢えず確実に勝てる作戦を取るべきだろう」
 
そう言ってアスマが提案したのは、実力に関係無く帆足、アスマ、カカシがそれそぞれ先鋒・次鋒・中堅となり、その最初の三人で確実に勝利を決めてしまおうという単純なものだった。
 
「――俺も戦える!」
 
そう言って求馬も参戦したがるのを、はりきるのは本戦まで待てばいいと、アスマと帆足とで苦労して説得する。
 
渋々ながら了解する色を見せた求馬だったが、そのかわり……と一つだけ条件を持ち出した。
 
「この大会の間は俺達は対等の仲間だ。俺のことも依頼主ではなく、チームの一員として扱って欲しい」
 
当然敬語も禁止だと言って、「俺のことはただの求馬と呼んでくれ」などと、これまでの居丈高な態度が嘘のような破格の歩み寄りを見せる。
 
元々本来は素直な性格なのを、気負って無理に偉ぶっていたという感もあったが、ここに来てそんな虚勢には意味が無いことに気が付いたと云う事か。それにはカカシやアスマが特に求馬を敬う様子がなかった所為もあっただろうが、一番にはやはり、媚びもせず畏れもせずに、ただ自然な好意でもって接してくるイルカの影響が大きかったに違いない。
 
「求馬くん…――でもいいですか?」
 
今もいきなり呼び捨てもどうかと思うからと笑ってそう言うイルカに、心持ち顔を赤くしてどこか擽ったそうに求馬が頷いている。
 
カカシはそれを横目に、不快感を隠そうともせずに眉を顰めていた。
 
はたから見ると中々に微笑ましい光景なのだが、カカシに言わせれば青臭い青春ごっこに過ぎない。信頼とか友情とか声に出すのも恥かしいが、目の前で体現までされてしまうと、まさに虫唾が走る思いだった。
 
旅の間もそうだったが、身分も立場も越えて交流を深める二人の姿は、里の子供達と教師であるイルカとの関係に少し似ていた。
 
ナルトは別格だが、下忍の中でも特に癖のあるサクラやサスケまでもが、イルカの事を先生と呼んで特別に慕っている。以前からカカシにはそれがどうしても理解出来なかった。
 
どこかで侮りながらもその雰囲気に惹かれるのか、子供に限らず気難しいといわれるような者達までもが、なぜかイルカに対しては心を許していくのを、カカシは何度も目の当たりにしてきた。
 
くだらない、どうでもいい事だ――そう思いながら、自分でも何故こんなに不快に感じるのかがわからない。
 
今も視線はどうしても笑い合う二人から離れず、益々嫌な気分になっていく。
 
(やっぱり苦手だ…)
 
こんなに嫌な気分にさせられるのだから、自分はよっぽどイルカと相性が悪いのだろうとカカシは思う。
 
横でアスマが呆れたような顔をしてそんなカカシを見つめていたが、自分の気持ちを持て余すカカシには、己の行動を客観視する余裕などは持ち合わせていなかった。
 
 
 
 
他に作戦と言えるようなものも特に決まらぬまま話は終り、阿南滞在の一日目の夜は更けた。
 
アスマとカカシで色気が無いとブツブツ文句を言い合いながらも、三人は大人しく布団に入る。
 
電気を消すと辺りは真っ暗闇になった。ただ大会開催中は夜間もお祭り騒ぎが続くのか、どこか遠くから聞こえるざわざわとした音は途切れる事が無い。
 
横になって二時間程も経ったろうか。カカシはすぐ近くでそっと体を起こすような微かな気配を感じて、静かに覚醒した。
 
(イルカ先生……? こんな夜中に何を……)
 
眠っているフリを続けてその気配が部屋を出るまでやり過ごすと、カカシもまたムクリと起きあがり、気配を消して後をつける。
 
これまでの旅の中でも、イルカは単独行動がかなり頻繁だった。最初はその度に下世話な事を疑ったりしたものだが、それが割符を手に入れたり、何らかの旅の便宜を計る為であるのがわかってからは、気にするのを止めた。
 
今回もどうせ同じ事だろうと思いはしたが、この遠い南の地で、イルカがカカシの知らないどんなツテ(過去)を持っているのかを知りたいという思いが、カカシを動かしていた。
 
足音も無くイルカは廊下に出ると、様子をうかがうカカシには気付かず、そのまま二階の窓から外に出る。
 
二人共寝間着代わりに着ていたのが薄手のシャツとズボンだったので助かっていた。この格好ならば人と擦れ違っても、特に変な目で見られる事も無い。
 
一体何処まで行くつもりなのかといぶかしむカカシの視界の中で、イルカは一つの店に入った。
 
「何だ……居酒屋か……?」
 
店の看板には嘉と一文字だけ書かれてあったが、達筆というよりは癖があり過ぎるせいでカカシには読めなかった。
 
店は狭くテーブルもカウンターがあるだけだった為、カカシは中にはいるとすぐにイルカに見つかってしまった。
 
「――カカシ先生、黙ってついて来ないで声掛けて下されば良かったのに」
 
大して驚いた様子も無くイルカはそう言ってカカシを迎える。だからカカシも悪びれずにキョロキョロと店の中を見まわした。
 
「ちょっと不思議な感じの店ですね……」
 
この阿南自体、随分と変わった文化の中にあると思っていたが、この店はまた一段と異国風な情緒を感じさせる。
 
「かつての交易の名残ですね。随分東の影響を受けた筈なんですけど、今では異国の酒が飲めるのはここだけなんですよ……」
 
まあ飲んでみてくださいとイルカが進めた酒は、透明なグラスの中で琥珀色に透き通っていた。
 
芳醇な香りに誘われてそっと一口飲み込み、カカシは次の瞬間ブッと吹き出してむせかえる。
 
「ゲホッゴホッ――……何ですかこれ……?」
 
殆ど吐き出したというのに喉が焼ける様に熱い。カカシは涙目になってイルカを睨んだ。
 
「やっぱり強過ぎました? 普通は氷と水で二倍にも三倍にも薄めて飲むんですけど、もしかしてカカシ先生なら平気で飲んじゃうかと思って」
 
「飲んじゃうかと思って――じゃないでしょ! 死ぬかと思いましたよっ」
 
結構本気で凄んで見せてもニコニコと笑っているイルカに、怒るのが馬鹿らしくなってカカシは出された水をがぶ飲みした。
 
「まあまあ、これでも食べて機嫌直してください」
 
イルカのすすめる平たいツマミのような物に目をやって、疑わしげにイルカを見る。
 
「また何かスゴいものじゃないでしょうね……」
 
「大丈夫ですよ、パゲをたたいて焼いたヤツにマヨネーズソースを掛けただけですから……ねっ、オヤジさん」
 
カウンターの向こうにいる白髭の男が、ゴツイ顔でねめつける様にカカシを見て言った。
 
「ほんどなら一見さんにはださね食みだで、よっぐあじわっで食いや」
 
濁声な上に訛りがあって、何を言っているのか最初はわからずキョトンとしてしまったカカシである。
 
頭の中で組み立てて理解すると、何だか珍しい物らしい。好奇心に負けて恐る恐るひと欠片だけ口にした。
 
「あ――」
 
「美味しいでしょう」
 
カカシの驚きの顔にしてやったりと目を細めたイルカに、カカシは素直に頷いていた。
 
確かに美味しかった。食べた事の無い触感で、じわりと旨味が口の中に広がっていく。
 
「……いける…ホント……」
 
「ほだよ」
 
再び出された琥珀の液体は氷と水とで良い感じに薄まり、カカシの喉を微かに刺激して通り過ぎた。
 
「―――っ」
 
ツマミと酒が口内で見事に引き立て合い、声にならない程の旨さに感動して、カカシはイルカを振り返ってただパクパクと喘ぐ。
 
その仕草で何を言いたいのか充分に理解したらしく、イルカは嬉しそうに頷いて見せた。
 
たったそれだけの事なのに、カカシはその一瞬イルカと心が通じたような気がして嬉しくなった。理想論を平気で口にするようなこの男を嫌っていた筈なのに、自分だけに意味を持って向けられた微笑みに、いともたやすくほだされている。
 
酒と旨い食べ物の効果だったのかもしれない。時に旨い酒は人間関係のしがらみをも洗い流す薬となる。そして旨い食べ物は人の心をやわらかく溶かすのだ。
 
 
多分きっかけとは、こんな風に本当にちょっとした、つまらない事をいうのだろう。
 
ともかくも二人は、この夜は存分に旨い物と異国の酒を楽しんだ。
 
ナルト達を介して知り合い、任務で共に旅をして――そんな近しく過ごした中でも、こんな風に二人だけで極普通に会話を交し合ったのは、これが初めての事だった。
 
 
 
 
 
更新日時:
2005/08/02

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Last updated: 2005/8/23